パステル☆ミャンマー
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水牛女神
真摯な仏教国ミャンマーだが、精霊信仰にも根強いものがある。
精霊には多くの種類があるが、私のお気に入りは、水牛の頭をかぶった女神ナンカリンだ。
モン族が多く住む、バゴーを中心に篤い信仰を集めている。
(バゴーのモン族は、ベトナムのモン族とは全く別物である。念のため。)

ヤンゴンでも街中の祠などでよく見かけるが、ミャンマー人の知人によると「バゴー出身者が祀っているケースが多いのでは」ということだった。

          Ushi-3.jpg
        ナンカリン像は、手に魚を捧げ持ってることが多い。水の神への捧げ物だろうか

ナンカリンにはこんな言い伝えがあるそうだ。

9世紀頃、現在のミャンマー一帯を支配していたモン王国の王が、弟に殺害された。王妃と生まれたばかりの王子は追っ手を逃れ、水牛の群れに逃げ込み、王子は牝の水牛ナンカリンの乳を飲んで水牛のように力強く育つ。
その後、モン王国がインドに侵略されると、新王は王子に、インド軍を撃退するよう依頼(ずいぶん勝手な王様のような…)。
王子は敵軍を撃退するのに水の神マイカラの助けを借りるが、引き換えに水牛を1匹供儀することをマイカラと約束していた。そのことを知った乳母に当たる水牛ナンカリンは自ら命を絶ち、自身の頭を王子に捧げる。
王子はたいそう哀しみ、ナンカリンの像を作って祀るようになった。

  Ushi-1.jpg
  バゴーのヒンタゴン・パゴダはナンカリンの総本山。たくさんのナンカリン像が安置されている

別のバージョンには、王子が水の神に水牛を捧げたのは自分の結婚式の時だったため、モン族では結婚式に水牛の頭を神に捧げるようになった、というものもあるそうな。
ここでも、捧げるのは頭だけだ。

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   (左)牛の頭が2つものってる (右)ナンカリンにしては珍しく、表情が穏やか

どちらにしろ、モン族の儀礼には、水牛の頭が捧げ物としてよく利用されていたと想像できる。
きっと頭を神に捧げ、肉はみんなで食べていたのではないかと思うのだが、現在のミャンマー人の多くは、モン族も含め牛肉を食べない。
仏教で牛肉は禁止されておらず、彼らに理由を聞くと「牛は農耕で役に立ってくれているので食べない」とのことだった。
ものの本には、「ミャンマー人が牛を食べないのは、心情的に日本人が犬を食べないようなもの」と書かれてある。なるほどと思うとともに、農耕民族の牛に対する気持ちはみんな同じはずで、ミャンマー人だけが牛を食べない理由にはならないのではないか。
しかし、この話を見ると、昔は食べていた気もするのだが、どうなのだろう?

   Ushi-4.jpg Ushi-6.jpg
   街角の祠に、お地蔵様のように祀られているナンカリンの小像
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テーマ:ミャンマー・ヤンゴン - ジャンル:海外情報

[2014/06/14 19:02] | 信仰 | トラックバック(0) | コメント(0) |
斜め45度僧
ミャンマーの寺には様々な像が安置されている。
仏陀はもちろん、仏陀の生涯における名場面の再現像、亡くなった高僧、ナッとよばれる精霊など。
なかでもユニークなのが、托鉢の鉢に片手を突っ込みながら斜め上を見つめる僧侶の像だ。

         Naname-1.jpg
               モン州の水上寺院イーレー・パゴダにて

ミャンマー人たちに尋ねると、「僧が太陽の位置を気にしながら食事しているところだ」と答えてくれる。



それを像にして祀るのにどんな意味が、と常々気になっていた。
先日、もう少し細かい故事来歴を知ってるという人が教えてくれた。

僧の名はシン・ウー・パ・グタ。シンは僧侶の尊称なので、日本的にいうとウー・パ・グタ法師? 実在したかどうかは不明。

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(左)イーレー・パゴダ本殿から (右)ウー・パ・グタ像は海へ突き出した祠に祀られている

ウー・パ・グタ法師は、仏へのお供えを邪魔しようとした邪悪な精霊を退治していたために食事が遅くなってしまった。ミャンマーの僧侶は1日2回の食事を正午までにすまさねばならない。そこで、太陽の位置を気にしながら食べている、という場面を表しているのだという。
この故事により、寺へ寄進した人がお供えを守ってもらうため、この像へお参りすることが多い。

ウー・パ・グタ像は海辺や川べり、池の周囲に造られることが多いが、これは彼が海中に住むと言い伝えられているため。

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(左)チャウタンのイエレー・パゴダ (右)こちらのウー・パ・グタ像は二段構え

右向きの像と左向きの像があるが、建てられた場所から昼前の太陽の位置へ顔を向けているのではないだろうか。
少なくとも、私が見たものは全てそうなっていた。

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(左)バゴーで遭遇したへたうま系 (右)ムドンの巨大ウー・パ・グタ像 

それにしても、何も最後の食事の場面を像にすることはないのではないか。悪霊を退治しているカッコイイ場面とかもあっただろうに。実際、「僧侶たるものが食事を気にするとは何ごと」と、この像を快く思わない人もいるとか。

せっかく悪霊退治を頑張ったのに、そのあと食事の時間を気にしたばっかりにそこばかりが取り上げられ、「食事の時間を気にする僧侶」の代表のようにされてしまったとは、全くもって気の毒だ。

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[2014/05/29 15:07] | 信仰 | トラックバック(0) | コメント(0) |
得度式
水かけ祭りから約1ヶ月。
この時期、街では高校球児のような坊主頭をよく見かける。
老若男女を問わず、だ。
伝統的なロンジーをまとい、顔にはタナカ、耳には金のピアス、そして頭は坊主頭といった、なかなかパンクな装いの若い女性も少なくない。

これは年に一度、長期休暇をとれる水かけ祭り期間中に出家した人が還俗し、髪が伸び始めたためだ。

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       カローの街で出会った、男児3人(ピンク)と女児2人(黄色)の合同得度式

ミャンマー人は一生に一度は出家する、とたいていのミャンマー本にはそう書かれている。
全員ではない気はするが、じっさい、私の周囲にも出家する人は多い。水かけ祭りの間、一緒に出家してきたという若夫婦もいる。
子どもだと、学業に影響のない夏休みに出家するケースが多いようだ。

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(左)悪ガキっぽいが、1週間とはいえ僧侶が務まるのだろうか (右)あまりに幼すぎて、こちらも心配…

出家の際にはそれが1週間であっても、お披露目行列を行うことがほとんど。
とくに子どもの出家では、「わが子の晴れ姿をお披露目したい」と多額の費用をかけて大々的にやることが多い。
この辺の親心は、日本の七五三に似ている。

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     「ちゃぐちゃぐ馬こ」のようなピーの得度行列

お披露目行列は、ヤンゴンだと小型トラック、地方だと馬に乗り、音楽を鳴らしながら町内をめぐるというものだ。
貧しい家庭だと寄付を募ることになる。
逆に子どもがいなかったり、実子が出家したがらない人が、他人の子どもの出家費用を出すことで「徳を積む」ことも。

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     インレー湖の水上村では得度行列も舟で

知人の日本人男性は、ミャンマー人の同僚に「費用はもつから出家して欲しい」と頼まれたことがあるそうだ。
そういえば、「旅行中にミャンマーで出家したことがある」という日本人男性にも会ったことがある。

外国人が出家したら、どうやってお経を読むのだろう。
宗派は違うが、お経でさえあれば般若心経でもかまわないのだろうか。

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[2014/05/12 15:25] | 信仰 | トラックバック(0) | コメント(0) |
プロフィール

まき

Author:まき
【編集・ライター(撮影可)・コーディネート】
日本でのライター業を経て、中国・上海、ベトナム・ハノイにて現地情報誌の編集に7年強従事。その間、日本の雑誌や書籍に寄稿。コーディネートや企業調査も担当。現在はヤンゴンに在住。
連絡先: itasakamaki@gmail.com

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